新緑の季節がやってきました。木々の芽吹きが勢いを増し、目に映る風景がやさしい緑色に染まりはじめると、心も少し軽くなるような気がいたします。春の終わりから初夏にかけてのこの時期は、草木が生命の力をまっすぐに伸ばしていく、そんな自然の律動を感じられる貴重なひとときですね。

お寺の境内の木々も、あっという間に葉を広げて、気がつけば本堂の屋根まで届きそうな勢いです。冬の間は枝ばかりが目立っていたのに、いまはその枝葉が陽の光を受けてきらきらと輝いています。歩いていると、ふと立ち止まりたくなるような美しさがあります。

この「新緑」という言葉には、いのちの若々しさやみずみずしさ、そして未来へと向かう力強さが宿っているように思います。それと同時に、私たちの心にも、「また頑張ってみようか」という静かな励ましをくれるような気がいたします。
法華経の「薬草喩品第五」には、こんな一節があります。

「是諸衆生 聞是法已 現世安穏 後生善處 以道受楽 亦得聞法 既聞法已 離諸障礙 於諸法中 任力所能 漸得入道 如彼大雲 雨於一切 卉木叢林 及諸藥草 如其種性 具足蒙潤 各得生長」
現代語訳を添えますと、
「あらゆる衆生はこの教えを聞いた後、現世では安らかに生き、来世では善きところに生まれ、仏道によって安楽を得て、再び教えを聞くことができる。教えを聞いた者は、さまざまな障りを離れ、自らの力に応じて徐々に仏道に入っていく。それはまるで、大きな雲があまねく草木や薬草に雨を降らせ、それぞれの性質に応じて十分に潤い、成長していくようなものである。」
木々が陽の光を受けて伸びていくように、私たちも仏さまの教えや誰かの優しさに触れて、心の中の「善い芽」が少しずつ育っていく。そう考えると、日々のなかで出会う出来事やご縁も、大切にしたくなります。
たとえ今はまだ小さな芽であっても、それがやがて大きく育ち、誰かを包みこむような存在になるかもしれません。仏さまの光はすべての人にそそがれていますから、どんな方にもその芽生えの可能性は開かれているのです。
新緑の葉が静かに風に揺れるように、日々の生活の中で、小さなよろこびや感謝の気持ちを見つけていけたらいいですね。
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